このたび、『にいがたの教育情報』144号(2026年6月刊)に掲載された拙稿「高市改憲戦略と『国旗損壊罪』」(同誌18~30ページ)が、発行者である「にいがた県民教育研究所」のご厚意により、同研究所のホームページに掲載されることになりました。また、拙稿を脱稿した5月中旬以降、「国旗損壊罪」創設問題をめぐる情勢が急展開していることに鑑み、ホームページへの掲載を機に「補説」を執筆してはどうかとの提言もいただきました。これらのご高配に感謝し、本稿にて拙稿の考察を補足いたします。
上記のように拙論脱稿後に情勢の急展開がみられ、この「補説」を執筆している6月29日時点での情勢の特徴として、以下の諸点が確認されます。第1は、提案の具体的な内容が明確になったことです。提案の形態としては、刑法の一部改正法案ではなく、単行法としての「国旗の損壊等の処罰に関する法律案」という形態がとられ、各条文の規定も確定しております。第2は、法案の規定に新たに論争の火種となりうる文言が盛り込まれていることです。例えば、「定義」に関する第1条には、「国旗」とは、「国旗及び国歌に関する法律(……)に定める国旗として用いられていると社会通念上認められる有体物をいう。」(下線は成嶋。以下同じ)と定められております。つまり、国旗国歌法が仔細に定めている「日章旗」の「制式」に厳密には従っていなくとも、〈国旗らしく見える旗〉を損壊した場合も処罰の対象となる、ということです。「罰則等」を定める法案第2条にも問題があります。同条の第1項は「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損した者」を処罰の対象としておりますが、同条第2項には、「前項の方法に該当するかの判断は、行為の外形、周囲の状況その他の客観的な事情を総合的に勘案して行うものとする」という、驚くべき規定が置かれています。要するに、取り締まり当局の恣意的な「総合的勘案」による処罰が条文上も容認されているというわけです。現情勢の第3の特徴は、国旗損壊処罰法案の問題性がより鮮明になったことを受け、これを批判する論陣にも議論の精緻化がみられるという点です。例えば、この法案が違憲立法であることはもはや明らかですが、では憲法のどの規定に違反するかという点につき、議論が精緻になってきました。これまでは、憲法19条の思想・良心の自由(内心の自由)および21条の表現の自由に違背するとの批判論が中心でしたし、拙論もこの2カ条に違反するとのスタンスをとりました。これに対し、直近の批判論には、新たに憲法31条の「罪刑法定主義」に違反する、さらには「法の下の平等」に関する憲法14条が禁ずる「信条による差別」に当たるとの論調がみられるようになりました。拙論はこの2つの憲法規定との関連については触れておりませんでしたので、その不明を恥じるところですが、上記の法案第2条第2項の規定は、まさしく罪刑法定主義に背馳するものであり、同法案の違憲性を増幅させていると思われます。罪刑法定主義とは、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」と定める憲法31条の基礎にある憲法原則であり、そのエッセンスは、〈いかなる行為が禁止されているか、また、違反した場合にいかなる罰が科されるかを国民に対して公正に告知するため、犯罪と刑罰は、国民代表機関である国会の定める法律により、前もって明示されなければならない〉という点にあります。この罪刑法定主義には、「法文の明確性」の要請が当然に含まれており、刑罰法規の文言が漠然・不明確である場合は、そのことだけで違憲と判断されます。罪刑法定主義の問題は、今後の論戦において重要な論点になると思われますので、上記のようなこの原則の意義を再確認しておくことが必要でしょう。なお、やや細かい論点ですが、6月26日の衆院内閣委員会で日本共産党の畑野君枝議員が、被疑者逮捕の原則である令状主義の例外として認められる現行犯逮捕に言及しているのが注目されます。畑野議員は、とくに警察官のみならず一般私人も現行犯逮捕ができることに着目し、「警察官や私人による主観的判断によって逮捕され、取り返しのつかない人権侵害を受けることになる」、「一般市民に疑心暗鬼を呼び起こし、思想・信条の異なる市民同士がお互いの言動を監視し合う社会につながりかねない」と警告しています(http://www.hatano-kimie.jp/report/18435)。きわめて重要な指摘といえるでしょう。
「補説」の最後に、掲載された拙稿における記述の誤りを訂正させていただきます。論文22ページ下段の最終行に、沖縄「日の丸」焼き捨て事件を「日本における国旗焼却をめぐる唯一の裁判例」と記述しましたが、その後の調べで、1996年に、旧日本海軍殉職者記念碑付近に掲揚されていた「日の丸」が燃やされる事案(器物損壊罪適用)があったことが分かりました。お詫びして訂正(補足)いたします。
(2026年6月29日 成嶋 隆)
「高市改憲戦略と『国旗損壊罪』」(『にいがたの教育情報』144号、2026年6月24日発行)